常識を疑う

常識を疑う(7) 長いものに巻かれると

新型コロナウィルスがオミクロン株に変異して、感染拡大のスピードが上がってきました。

幸いなことにウィルス自体は弱毒化し、重症化のリスクは冬のインフルエンザ並みのようです。

ところが、2年前と変わらずに、行動の制限が続いています。

何だか不思議な気がします。

ワクチンを打ったのは、感染リスクを減らし、感染しても重症化しないためでした。

現在のオミクロン株は無症状や軽症が主であり、リスクは管理できるレベルに近づいたはずです。

ところが、社会がいまだに止まっています。

最大限の努力をして、不幸な重症化は防がないといけないでしょう。

しかし、社会を動かす意見が言いにくいこの雰囲気に、私は怖さを感じます。

あの戦争

一つの考え方しか表現できなくなると、社会は間違った方向に進んでも修正が効きません。

先の大戦の時、戦争をすべきではないと考えていた国民はかなりの割合でいたと思います。

自分の子どもが出征する時、駅で「万歳」と声を上げたくない親がほとんどだったとも思います。

違う意見を言う方も取り締まる方も、本当は疑問の声をあげたかったはずです。

しかし、その声を上げられないムードが社会を縛った結果、負の連鎖が始まったのではないでしょうか。

今の生きにくさは、政府の責任ではなく、私たちが他人の目を気にしながら作り上げているのではないでしょうか?

日本には社会はない。

あるのは世間。

世間がどう思うか、世間にどう思われるかが大きいのです。

世間とは、大きな声で文句を言えない価値観。

ですから、堂々と反対意見を言うのが憚(はばか)られる。

しかし問題なのは、この価値観が完全な正解ではないところです。

完全な正解ではないのに、正解だと思わせるような同調圧力をひしひしと感じます。

 

これでいいのですかね?

自分の頭で

いつの間にか、日本は国自体の力を失い、足を引っ張りあって伸びない国になっています。

個性が大切であり、多様性は尊重しなければならないのは、百も承知。

だったら、各自、各地方で物事を考えることが大切です。

事実は同じでも、解釈で捉え方は異なります。

 

昔、ペリーが浦賀にやってきた時に

  • 学びのチャンスを得たと処刑覚悟で黒船に乗り込もうとした吉田松陰
  • 黒船の状況を知らされ、戦いに備えて武具を整えさせた藩
  • 同じ知らせで、開国すべきかどうかを議論した藩

それぞれが当事者で答え探しをしていました。

幕末の混迷機ではありましたが、幕府の方針とは別に自分の頭で考えていました。

 

自分で判断できずに、お上に判断を委ねる今の時代。

いいんですかね。

 

ちなみに先のスペイン風邪を、横浜の港で徹底的に封じて、船を返した若い検疫官がいました。

国力の違う大国の船を帰すには、よほどの度胸がいったことでしょう。

彼の名前は、野口英雄

 

若者よ!

声をあげよう!

 

今回はここまでにします。

次をお楽しみに。

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