常識を疑う

常識を疑う(6) 本当に大切なもの

大人になっていつも感じるのは、入試に関係ない教科は価値が高いということです。

若い頃に考えていた以上に魅力があります。

例えば、社会人となった友達が

「僕は、数学が得意なんだ。今でも大学の入試問題も解ける。」

と自慢したとしても、全く羨ましくはありません。

幅広い知識は大切ですが、今やググってしまえば答えはすぐに出ますので、これもまた魅力を感じません。

ところが、

「ジャズに凝っててね。ピアノもできるよ。」とか

「水彩に凝ってて、そこにかかっているのも描いたんだよ。」

と言われると、尊敬の眼差しで友人を見てしまいます。

 

中高生時代は、家庭科や音楽、美術などは内職の時間になったこともありました。

しかし、これらの時間こそ人生を豊かにする時間だっと今になって気づきました。

というわけで、職員に芸術系の仕事をしている方の話を聞きに行かせました。

刀鍛冶の真剣

私の住んでいる町には世界的にも有名な刀鍛冶が住んでいます。

毎年ヨーロッパで展示会を開き、大盛況の人物です。

「芸術も一流を目指すと様々なことを研究しなければならない。」

彼の元に話を聞きに行くと、それが分かりました。

砂鉄の量、産地、鉄を鍛える温度、他の金属との調合、デザイン性などです。

芸術を極めるには科学的な知識をもち、絶えず挑戦をしながら、新たな境地にたどりつかなければならないことを知りました。

時には自分の作品を英語でプレゼンする力も。

弟子入りする若者も毎年いるが続くのは一握りだそうで、続ける意志の強さが試されます。

仕事に到達点はなく、たどり着いたらその先を目指していく厳しい世界でもありました。

この姿勢が作品に滲み出るのでしょう。(私には到底分かりませんが)

誰もが日本刀を作れはしませんが、その美しさを味わえる感性を育てておくことはとても大切な気がします。

美術館で鑑賞されるような絵は描けないけれど、自分の創作を楽しめる余裕や作品を味わえる感性もそうです。

有名なオーケストラが来ても全く興味がわかず、楽しめる感性を自分で育ててなかったら、本当にもったいない。

開演までの雰囲気。

一瞬の静寂。

一流の奏者たちが心を合わせ、オーケストラがまるで一つの生き物のように大きく襲いかかってきたり、静かな息遣いで泣いたりする醍醐味。

自作の編み物で生活を楽しんでいる人もいいですね。

 

どうしても受験期の保護者は受験科目ばかりを気にしますが、一番感性が育つ時に、勉強ばかりしていてはもったいないと思うのです。

ですから先生たちを、こういた芸術家のところに行かせて話を聞かせ、感性を育むことの大切さを考えさせたのです。

新型コロナウィルスの影響で外に出て行けない今、自宅で芸術に向き合えている人は受験科目でない科目を大切にした人なのかも知れませんね。

今回はここまでにします。

次回をお楽しみに。

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