その時代は厳しい時代でした。
酒席でさえ順番が決まっていて、若いものは末席で上司に必ず酒を注いで挨拶をする文化がありました。
酒席の順番を決めるのは若手であり、その順番を間違えようものなら大変でした。
今の若い人は酒席に慣れていないのか、注ぎにいく文化はとうの昔になくなったようで、年配者の方が回っている感じです。
いい時代になりました。
話がずれましたが、そんな厳しい時代に犯した私のミスです。
しかも、締切日とか報告内容の間違いではなく、ふざけた名前が出てきてしまうプログラム上のミスです。
教育行政の仕事は融通が効かず、権威主義が残っていましたから、私はとても憂鬱な気持ちになりました。
私のミスを訂正するには、関係教育事務所にその内容を知らせる必要があったからです。
上司の矜持
各事務所に事情を説明し、上司からも関連部署に謝ってもらって事態をおさめました。
しかし、こんなことで自分の上司に頭を下げさせるなんて恥ずかしい限りです。
上司に謝って、通常業務に戻ったものの私は憂鬱の極みでした。
会話する気にもならず、ため息も出ていました。
そんな私を見て、
「いつまでもクヨクヨするな!お前がいつまでもクヨクヨしていると、俺がいつまでも部下の失敗を気にする人間ということになる。大丈夫だ。失敗を次に生かせ!やろうとしたことは前向きなことだったのだから。」
と声をかけてくれました。
有難いなと心から感謝しました。
ミスをしたのは私なのに、自分の責任のように電話で謝っている姿を目の当たりにしていたからです。
そんな折、私の出身の市教育委員会から
「本市のエースは頑張っていますか?いろいろあるでしょうが、よろしくお願いします。」
と上司に電話がかかってきました。
上司は、その電話にこう返しました。
「市のエースですか?私は違うと思いますよ。本県のエースです。発想や着眼点は他の追随を許しません。」
私は耳を疑いました。
失敗したのは確かに私、しかし褒められているのも私です。
普通失敗をしたら、褒められることはないですよね。
最近こそ、コーチングの考え方も広がってきましたが、あの時代にこんな切り返しをして部下のやる気に火をつけたのは、彼のリーダーとしての矜持があったからだと思います。
人を育てるには、信じて、任せて、認めることを繰り返すしかないと学んだ瞬間でした。
その上司は数年前、私の母が亡くなった時に私の学校を訪ねてきました。
「こっちにくる用事があったから、寄ってみた。母親を亡くして大変だったな。」
と優しく声をかけてくれました。
私は知っています。
自宅から3時間もかかる私の学校近くに来る用事などなかったことを。
私に気を遣わせまいとする上司の心遣いでした。
どうして、「お前に会いにきたぞ」と正直に言われるよりも、優しい嘘の方が心を動かすのでしょう。
今の自分は、部下の失敗は大きく捉えられるようになってきました。
しかし、自分がやったことはつい口に出てしまいます。
美しくありませんね。
彼のような大きさがいつ身につくのやら。
今回はここまでにします。
次回をお楽しみに。
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