県大会で対戦したチームは、誰もがその名を知る強豪チームでした。
せっかく出場できた大会で、頑張ってきた素直な山の子たちが打ちひしがれるような体験はさせたくありませんでした。
しかし、試合前の相手チームは、キャッチボールのスピードが違います。
強い球がテンポよく、よい音をさせながらグローブに収まります。
それに比べて、我がチームは、グローブからボールがこぼれ、そのボールを何度も取りいく状態です。
そこまで下手なチームではなかったのに緊張が体を硬くさせているようでした。
いよいよ、球審が「プレイボール!」とコールをします。
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手に汗握る攻防
作戦は、守って耐えるのみ。
どんな強豪チームでも、その作戦は変わりません。
大方の予想に反し、我がチームのエースで大黒柱のMの豪速球がビシバシ決まります。
唸りを上げる感じです。
そのボールは、同じ6年生のYがキャッチャーとして、しっかりミットに収めます。
運動がそれほど得意でないYが、そんな豪速球を取れるようになるまで、何度も痛さに顔をしかめ、手が腫れ、目から溢れそうになる涙を我慢しました。
おかげで、我がチームを舐めていた相手にも焦りが浮かんできます。
気づけば、スコアボードには「0」が並んでいきます。
我がチームが得点できないのは想定内ですが、相手チームを「0」に抑え込んでいたのです。
互いの緊張が高まります。
三振ならまだしも、内野にボールが転がるだけでドキドキです。
ついに、最終回を迎えます。
ここを凌げば、タイブレークに入れます。
そんな時、ピッチャーMのコントロールがぶれ、四球が続き、塁上にランナーが埋まりました。
しかし、心は全然折れていません。
大丈夫です。
そして、運命の1球が投げられたのです。
大会の結末
その球は見事に外角低めにコントロールされ、相手は伸ばしたバットにかろうじて当てただけでした。
ボテボテのファーストゴロ。
ファーストの5年生の女の子Cは、一歩も動かず、ボールをとって1塁を踏めばいいだけです。
ところが…。
ガチガチに緊張していた女の子Cは、全く動けず、ボールは股間の間をゆっくりと転がっていきました。
相手チームのランナーが歓喜の声を上げながらホームを駆け抜けました。
負けです。
その時マウンドでは、ピッチャーのMが、顔を真っ赤にして、拳を握って、体を震わせています。
これまで人知れず一番練習してきたMです。
大切な試合でいつも仲間に足を引っ張られてきたMです。
その悔しさは、はっきりと伝わってきました。
その時、あろうことか顔を真っ赤にしたMがファーストの女の子Cに近づくではありませんか。
私は疑いました。
まさか、Cを罵倒するのではないかと。
ところが、結果は疑った私がはずかしい見事なものでした。
Mは目に涙を浮かべ、声を震わせ
「Cちゃん、大丈夫。ありがとう。Cちゃんがこのチームにいてくれてここまで来れたんだよ。泣かないでよ。さあ、ゲーム終了の整列をしよう。」
ゲームが終わり、私はMを抱き、その成長が嬉しくて泣きに泣きました。
すると、それを見ていたチームのメンバーも集まってきて、みんなでオイオイ泣きました。
悔し涙ではありません。
緊張の中、力を出せた満足感、これまで頑張ってきた仲間への感謝、皆の心に去来したものは、同じだったのでしょう。
小さな学校だから何もできないことはありません。
負けるのが当たり前ではありません。
あんな涙を流せる学校がどこにあるのでしょう。
そんなエピソードをPTA総会で紹介したのです。
今回はここまでにします。
次のエピソードをお楽しみに。
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