20年以上も前のことです。
私は県立研修センターの研究員でした。
研究内容は、中学校の数学科でした。
私を知っている人は「?」と思ったでしょう?
私も、数学とは思いませんでした。
免許は、小学校、中高の社会なのですから。
しかし、高校時代はずっと理系のクラスだったし、苦手な分野ではありませんから、上司の命に従って研究を始めました。
そして、福岡市での研究大会を迎えました。
九州各県の代表が集まり、いかにも凄腕の感が出ています。
「鹿児島県数学科研究室指導主事 薩摩隼人です。」
「熊本県数学科主任指導主事 八代亜紀です。」
といった感じで、自己紹介からグイグイきます。
それに比べて、私は、
「宮崎県研修センター研究員 〇〇です。」
と初めから役不足感が滲み出ます。
それでも、当時主流となってきたプレゼンでの研究発表を頑張ったのですが、、、。
見事に打ちのめされました。
武田鉄矢の母ちゃん
流れるように各県の発表が続きます。
そして、いよいよ自分の番となりました。
緊張の極みです。
どうにか、発表を終え、夜の懇親会で、少しは褒めてもらえるのかと淡い期待をしていたところ、鹿児島県の課長にガツンとやられました。
それが、今でも心に残っているし、自分のプレゼン力を測る物差しになっています。
「君たちの発表は、何も心に残らなかった。文字や図が美しく彩られていたり、移動したり、出たり、消えたりする。見栄えは、いいけれど、ただそれだけ。伝えようとする熱が感じられない。」
「武田鉄矢の母ちゃんは、プレゼンなんか使わないけど、ずっと心に響くし、いつまでも残っている。」
「なぜか、わかる?」
と問われたのです。
本質を突かれて、返す言葉もしどろもどろです。
自分でもプレゼンばやりに疑問を感じていました。
- 決して、短時間で読めない文字数
- 内容を理解するのに大変な構造図
- 枚数ばかりが多くて、ボケてしまう焦点
- 聴衆はスクリーンを見て、プレゼンターを見ないおかしさ
- 暗くて眠い会場
よっぽどのプレゼン力がなければパワーポイント系での説明は響かないと分かっていたのです。
それなのに、使うことを前提にした研究発表会の流れやプレゼンを使えという上司の命に抗えず、自分でも不満足な発表を準備しました。
反省と後悔しきりでした。
反応を無視したプレゼン
あらかじめ作り込んだプレゼンは、聞き手の反応への即時対応はできません。
なかには、立派な原稿まで作って読む人までいます。
特に教育系の発表は、これが多い。
しかも、原稿があることを前提に事前準備があり、原稿までチェックします。
その場の雰囲気を無視し、あらかじめ準備したものを読むだけなら、発表者の資質は関係ありません。
誰が発表しても同じです。
本当につまらない。
聞き手の反応を見ながら、話し手が工夫しなければ伝わるはずがありません。
鎌倉時代に、新しい仏教が次々と出た時の彼らのプレゼンは辻説法です。
法然も親鸞も、栄西も道元も、聴衆に熱く説いたから、考えが広まったのです。
聴衆が首を傾げれば、話をわかりやすくし、頷けばここぞとばかりに熱を込めて話をする。
それが、伝えるの原点です。
先日、ZOOMでの講義をしました。
聞き手は、ミュートにしていますから、話し手の私には全く音が聞こえてきません。
反応のない中での話ほど、難しいものはありませんでした。
言葉の力は、双方向であってこそです。
今回はここまでにします。
次回をお楽しみに。
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