それぞれの立場で、令和4年度が始まりました。
ずいぶん「令和」という元号にも慣れてきました。
元号の候補として「万保」「万和」「広至」「久化」「英弘」などが上がっていて、「令和」をそれほど良いとは思わなかったのですが、今となってはしっくりきます。
「令」は令嬢のように「美しい」、「和」は和(やわ)らぎや和(なご)むことを表しています。
コロナ禍、ウクライナ問題などからも、世界が美しい調和となるよう祈るばかりです。
そのためには、今の時代をしっかりと記録し、論理で検証する必要があります。
歴史は作られる
学生の頃に習うのは、為政者の歴史です。
例えば、江戸時代の三大改革は基本的に倹約によって一時的に幕府や藩の支出が抑えられ、財政が健全化したというものです。
田沼意次の時代は、賄賂や贅沢が横行し、経済が収拾できなかったと習います。
ただ習うだけ。
その改革が、本当に庶民にとって効果的だったかは別問題。
社会科教員の怠慢です。
私たちが歴史を学ぶ意味は、過去の失敗を知って、未来の危機に対処すること。
しかし多くの場合、失敗の原因はどうでも良く、用語や年号の暗記が重視されます。
たくさんの学生のクイズ王を作ったとしても、将来に何に役立つのでしょうか。
例えば、江戸時代の改革は、倹約を進めた結果、経済は縮み、暮らしは我慢を強いられました。
結果、日本人の身長は成人男性でも150cm前後。
もし、庶民がその時の歴史書を作っていれば、解釈が変わっていたはずです。
歴史は為政者の歴史であり、庶民の実感が反映されにくいのです。
事実は一つでしょうが、それを裏付けるものが為政者側だけであると、わざわざ自分達の政治を悪く記録することはないでしょう。
庶民の資料と関連づけ、当時の近隣諸国の歴史書と比べなければ、事実はぼんやりとしたまま。
そして、そこが面白く、学ぶ価値が高いのです。
日本の社会科の授業もいい加減変わってほしいものです。
ウクライナ侵攻
多分、ロシアとウクライナの問題も事実は一つのはずです。
しかし、それぞれの解釈は全く別物です。
ですから将来、それぞれの国の教科書では全く異なる事実が説明されるでしょう。
双方が事実の断片を集めてはっきりさせなければ、また不幸が起こります。
歴史的な事実としては
- ソ連に最後に加盟したのがウクライナ
- ソ連崩壊後にロシアから最後まで離れなかったのがウクライナ
- 昔は両国ともキエフ王国
- ロシア人はウクライナ語は話せないが、ウクライナ人はロシア語を話せる
- 冬季に凍る港しか持たないロシアは不凍港が必要
- ロシアの東半分は元モンゴルのもの
ロシア側はウクライナを離したくないが、ウクライナ側は離れたい。
ロシアの上から目線が気になります。
物事を明らかにするには、歴史でもビジネスでも複眼的に見ないと間違える気がします。
今回はここまでにします。
次回をお楽しみに。
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