大学にも授業評価が入ってきました。
学生にとって、
- 授業が分かりやすいかどうか
- 興味を引く内容かどうか
- 一人一人に対応しているかどうか
といった視点で評価していく仕組みです。
私が学生の頃に導入されていたら、何人かの恩師は確実にアウトの部類です。
ダラダラと話を続ける先生、眠っている学生をほったらかして講義を進める先生が、普通にいました。
彼らを今でも尊敬できないのは、学んでほしいという熱量が全く感じられなかったからです。
しかし、憎めない先生はたくさんいます。
脱線はするけど、その脱線が知的な含蓄を感じさせて気がします。
私こそ、話が脱線しました。
私は、授業する側を評価する制度は、とても大切な視点だと思いますが、学ぶ側の姿勢も同じくらい大切だと思っています。
大学教授の嘆き
小学校1、2年生ならまだしも、大学生に対して
「授業が分かりやすいか?」という視点が、本当に正解かどうかは疑わしい。
そもそも、最高学府の大学の勉強が、講義を聞いただけで分かる程度なら、かなりレベルの低いものだと思います。
学ぶ側が、予習したり、下調べをしたりした上で、講義の内容を理解するくらいでないと、大学に行かずに、本を読めばいい程度です。
何でも、学んで身につけるには「学ぶ場」と「個人で定着させる場」があります。
週に1度のピアノのレッスンで上手に弾けるようになるはずはありませんよね。
レッスンは、1週間かけて練習した技術が、いかに正解に近づけたかを調べる場です。
レッスン以外の練習が、上達を左右します。
これは、英会話でもゴルフのレッスンでも同じでしょう。
つまり、学ぶというのは、そこに臨むまでがとても大切で、学ぶ側の視点を欠いた授業評価は、全体のレベルを下げることにつながりかねません。
このことは、病院でも同じです。
病院での評価
私は、先月の退院時に、かなりの項目からなる病院評価を依頼されました。
医師の説明の仕方や看護師のケアなどを10段階で評価するものでした。
私としては、患者側の評価の方も同じくらい大切だと思いました。
- いくらお酒を控えるように入っても酒量が減らない人
- 血圧が高いのに塩分を控えず薬を欲しがる人
などに、病院の評価をしてほしくないでしょう?
多分、入院させてコントロールしても自宅で生活が改善できなければ、再入院や再検査となるはずです。
授業でも治療でも、見えていないところでの受ける側の責任が問われます。
今回はここまでにします。
次回をお楽しみに。
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